決めのひとこと

どうも、優柔不断なわたしのこの性格にとっては、「いい」とか「わるい」とかと関係なく、いや、そんな判断ができないということもあるでしょうが、『決めのひとこと』というか、『有無をも言わせぬことば』というものが必要になってくることがあるのです。

今回の歯医者でも似たような場面でした。おやしらずを複数本抜くということになったのですが、そのことを周りに話すと、賛否両論でした。こんなとき歯医者さんに、(複数抜くか一本だけにするか)「どうする?」なんていわれても、判断材料がないので、決めることができぬまま、きっと不安なまま受けていたと思います。でも今回のところでは、はじめから「抜きます」ということを伝えられたので、あ~そういうものか~、と思ったもので、多少混乱しましたが、まあ、流れに任せ抜いた次第でございます。

なんでしょう、こういう場面って、多々あるとおもうのです。だれかが、この場合、社長でも、村の長老でも、親でも、だれでもよいのですが、「こうするぞ」って言ってくれると安心するというか、ついていくぞ、というか、(まったく反対に、猛反対にあうこともあるのでしょうが)まあ進むわけで、道は開けていくと思うのです。いや、「いい」とか「わるい」とか、そんなことはいってみればどうでもよいことなのです。すすむためには。「いや、待ってみよう」これだってすすむことのひとつのかたちだと思います。要は、前にすすむためのことばを発することです。

まあ、何を言おうとしているかというと…、わたしは自分で、どうも「そっち」の人ではないのかな、と自信なさげに思うのでした…。ながれに流されるというか、まあ、ながされるままきているのかな~と、思ったのでした。だからといって、そういうタイプの人がうらやましいとか、そうなりたいな、とか…、あまり思いません。でも人生、そういうことばを発しなければならない時というか、まあ、たぶん出てくるのでしょう。そのときにはしっかりとどっしりとことばを発することができるように…、さて…、どうするべきか…、まあいずれにせよ、ある程度の自信は持って、ね。

まあ、そうはいっても「ながれ」にながされてきたこの自分は、まあこんなんでながれていくんだろうな。

ふと、今回の歯医者さんの出来事に関連して、感じたことでした。
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by bricoleurs | 2006-05-02 23:51 | 日常
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